2008年10月19日日曜日

豪州のブドウ酒…アッと言う間になくなるんですけど

注文していた豪州ブドウ酒1箱が届く。

おおおおぉ…

1ダース箱の筈なのに本数が少ないなどと言ってはいけない。もちろんこんな写真を撮る頃までには何本かゴクゴクと消費されているのだ。

あとは言うことなどない。ではこれから夕食ですので失礼。わははは…

2008年10月10日金曜日

ハクションの歌なのか?

講釈師業が全開になる。自転車に乗り、あるいは電車に乗り、あるいはバスに乗り、あちこちに移動し、移動先ではギグをやる。要するに road(巡業)というやつであって、バンド屋としては当たり前の生活である。

このロードがねぇ、喉に来るんですよ。いつもおんなじ泣き言を言いたかぁないけど、この町中の空気というヤツ、やっぱし狂ってますよ。講釈師業再開1週間ちょっと経過したら、もう喉がおかしくなってきた。これ、あと何年経ったら社会問題化してくれるのであろうか。

昔は某社の牛乳に砒素が入っていたといって問題になった。今でも中国の野菜やら牛乳やらにとんでもない劇薬が残留しているといって問題になっている。こうして問題になったら、消えていく方向に向かってくれるであろう。街中のタバコの煙もずいぶん減ったではないか。この種のことは、ゆっくりと良い方向に向かっているのだと思いたい。何年か経ったら「あぁ、あの頃の街中の空気はひどかったねぇ。体を壊す人もおったわいな。そりゃ、そうだわな」という思い出話になってくれると思いたい。

そういう希望を胸に抱いても、やっぱし現行の空気の悪さがズバリ喉にくるのだからどうしようもない。げほげほ。助けて。

と思っていたら今度は何だか体が重くなってフラついて熱が出た。なんじゃこりゃ。いわゆる風邪ではないのか。喉は悪化しボロボロ状態になったぞ。あらら〜。

ここで大事を取ってしっかり体を休めるのが常識ある大人である。それでも巡業を休まずギグを続けるのがバンド屋的ロード生活である。言うまでもなく我が生活は後者である。したがって自分でもなんだかよくわからないけれど何となく電車に乗って何となく移動し、ヘロヘロ状態でペラペラと一定の芸を行う。

不定期にカッと頭が熱くなったり急にジットリと汗をかいたりしながら、とにかく声の統御に集中する。ウッカリやってるとすぐ声が出なくなるんだもん。っつーか、声の統御で精一杯。あとはもう、自分でも何が何だかわからない。

規定90分のギグを三つもやると、もう自分などというものは意識できず、フラフラとした意識があちらへユラリ、こちらへヨロリと動いているばかりである。突然クシャミが連続で出る。ああぁ。クシャミは喉に負担なのだ。やめてえぇ。フラフラ。

そんなぼんやりした意識に何度も浮かぶのが、どういうわけか swan song という英語の語句である。ヘロヘロ状態の意識に去来する。何だか全然わからない。なぜだか全然わからない。

…んでまぁ、それが終わっての移動中である今、やはりヘロヘロ状態のまんま電車に乗ってるわけですが、やっとこの swan song を考える余裕はできたわけですな。白鳥の歌。ははぁ。洒落てますなぁ。白鳥は死ぬ直前に最後の美しい歌を歌う、あれを言うのであります。転じて絶筆を意味したりもする。

しかし自分のギグがそれほど美しいとは到底思えないし、死ぬ直前だとも考えたくないぞ。そもそもこの語句が朦朧とした意識に去来していた時には意味なんて全然考えてなかった筈だし。しかしひょっとしたら無意識にそういうことを感じていたのか。げげげ。

いや待てよ。まさか。あのクシャミ。白鳥の歌〜ハクションの歌。ああああぁこれではあまりにも情けないオヤジギャグではないか。しかしひょっとしたら無意識にそういうダジャレを考えていたのか。げげげ。

わからんままに電車は鶴橋駅に到着いたします。今日はギグがもう一つ。それは白鳥の歌なのかハクションの歌なのか、あるいは両方なのか。知らん。ああぁまた連続クシャミが来る。それはダメなんだ喉が痛いんだやめてくれえぇ。フラフラと電車を降りる。