2008年2月8日金曜日

狂気のアルコール消毒

図書館で借りてきた徳南晴一郎『人間時計・猫の喪服』という古いマンガ(1962年)を読む。あまりのことに驚く。呼吸が変になる。落ち着いて、もう一度しっかり読む。これがいけなかったらしい。気分の底から変になる。

これは恐るべき作品である。たかがマンガと思うなかれ。マンガ版『ドグラ・マグラ』というべきか(←夢野久作を知らなかったらすみません)。絵の「響紋」というべきか(←三善晃を知らなかったらフクスケ(←あ、「ビックリハウス」知らなかったらすみません…これじゃキリがないぞ))。まぁそのつまり、ついこうして内輪ネタに逃げ込みたくなるほど圧倒的な説得力で迫り、こちらを逃がしてくれない狂気なんですな。怖い。コワイ。

このマンガはもっと読まれても良いのではなかろうか。その助けとして、ということであれば、その何ページかを紹介しても構うまい。一種の学術引用である。加えて、著者は「自分の昔の作品は、好き勝手にしてくれ」と仰っているそうである。ますます構うまい。というわけで、 ハイどうぞ

あぁこの奇妙に歪んだデッサン。つながらない物語。あるようでないようでやっぱりない脈絡。それが200ページ余にわたって続く。それをしっかり読んでいくと…そりゃ着実にやられてしまいますよ。お互い、気をつけましょう。っつーか、そのまま仕事のあと「ちょっとビールを」飲みに行って、気がつくと朝5時半だった。何だか見知らぬバーでドラムを叩いていた。ああぁ。お互い、気をつけましょう。

これでやめておけば良いのに、この作者の自伝まで読んでしまった。すなわち徳南晴一郎『孤客:哭壁者の自伝』である。これまた何と奇妙な本であろうか。

冒頭は「うとうととして微睡から目覚めると矢張階下で犬がしきりに泣いている」と始まる。犬が「泣く」のが何だかスゴイ。かと思うと「新制高等学校が発足して今度もその第一期生として進学した」というような普通の調子になる。その混ざり方がいかにも奇妙なのだが、リズムに乗ると不思議に読みやすい。スルスルと読んでいく。と、最後にこうくる:

「…この上……いたずらに……ぜ…贅言………を……費やすは…………滋息…………蕃衍に……す…ぎ……る……に……よって…………(昏昏として眠らんとす)…………みょーねん……お話し………………の……つ……づ……き……をもって…尊台………の……ご一読………を………わ……ず……ら……わ………さ………ん………と………ぞ……ん………じ…そう……ろ………う………………」

こういうものを読み終わったらどういう気分になるか、それはもう実際にやって頂くしかないのであるが、それを推奨するかと言われると、そりゃもう知りまっしぇんとしか言い様がない。ちなみにこの本には著者の住所が思いっきり出てくる。え。大阪の。あそこかいな。うわわぁ。というわけで、ますます妙な気分になる。

重なる時には重なるものである。そのまま「ムンク展」に行った。ムンクの作品108点がズラズラと一堂に会する、なかなかの規模の展覧会である。ムンクはやはりムンクであり、それが一度に集まるのだから、こりゃ何かですよ。

ムンクというと「叫び」その他の代表作を思い浮かべるけれど、ムンクご本人は自分の書いた絵を自分のアトリエにたくさん並べ、また並べ替え、また並べ替え、を繰り返していたそうである。つまり、いくつも並べて眺めて生じる世界、個々の絵の足し算以上になる何かが生まれる世界、これをやっていたらしい。

それをどう思うかはさておき、確かにこれだけの数の作品が並ぶと、その試みの一端をモロに体感することになる。圧倒的な説得力で迫り、こちらを逃がしてくれない狂気。あのねぇ、こりゃマズイですよ。お互い、気をつけましょう。っつーか、そのまま飲みに行って、フッと自宅で目覚めると午前3時過ぎだった。ああぁ。重なる時には重なるものである。

人間時計+奇妙な自伝+ムンクの三段攻撃。ああぁ。ますますおかしくなる。喉の調子も悪くなる。ますます声がかすれて出なくなる。

…と、朝になって激しく咳き込み、ドキッとするほど出血する。すっかり喉が軽くなる。おおぉ。何じゃこりゃ。医者に行くと、「あぁずいぶん良くなりましたね」と言われる。それで良いんだろうか。きっと良いのだろう。これはきっと人間時計とムンクの効果であろう。そしてまたディオニュッソスの祝福であろう。

そうと決まれば、そんな祝福を途切れさせてはならない。というわけで、ジンとウォッカを用意する。もちろん、カクテルとかいう甘い飲料を作る趣味はない。こういうのは、きちんとコップに注いでそのまま頂くのが礼儀である。うむうむ。

するとさらに喉の経過はよろしいのである。ははぁ、なるほどね。狂気の世界に歩み入りながらアルコール消毒、これが百薬の長か。昔から何となくそうじゃないかとは思っていたのだ。ううむ、やっぱり。

2008年2月3日日曜日

毎日飲んで食うのである

ひところ話題になったネタであるが、こういうのは古くならないでしょ。
ものを食べる人なら、是非とも一度は見ておきたい映画でありましょう…



以下、この映画より:





2008年2月1日金曜日

患者の心得を体得する

あーあー。んんごほん。えー、どうも。声が出ませんでな。不自由しておりますよ。まぁ、これを読んでおられる方にはまずバレないだろうから黙っていても良いんですけど。何しろ「喋ってナンボ」の講釈師業としては、やはり不自由でしてな。ホンマ、困っておりますですよ。

実はですね、年末年始の休みが終わって講釈師業が再開してみると、どうも喉の調子が良くない。「やっぱし、空気が悪いんだよね。やだねぇ」と思いながら、やたら咳払いして誤魔化していたら、アッという間に声がかすれ始め、ほとんど使い物にならない状態に至ってあららんらん。懸命にうがいをしてエイヤッと喉を洗うと出血したりする。血を吐いてまで喋る講釈師ということで日本風浪花節に成り立たせる趣味はない。

普段は痛くも何ともないが、フッと喋ろうと思うと声がかすれて出ない。先日も同僚に「おはよう」と言おうとしたが、息がシャーシャーと出るばかりで何の音も出なかった。こりゃ不便だわい。

それでも業務は業務であるから何とか誤魔化していた。喉の奥から声を出すようにすれば何とか出る。幸い、大学業務は休暇に向けて減りつつある。ありがたや。とは言え、いつまでも放っておくわけにもいくまい。と考えて、近所の耳鼻咽喉科に行くことにする。

医者なんて、何年ぶりであろうか。国民の義務として保険料はバンバン払っているが、およそ医者に行かない。ご存知ですか。こういう人には、保険金還元ということでしょうか、賞状だの景品だのをくれるんですよ。わけのわからん保険制度ですな。ここにある中華鍋も安楽椅子も、すべて「健康優良家庭」に送られた景品でしてな。

やれやれ、とうとう医者に行くことになったか。あぁ。今年は景品なしかぁ。そんなつまらぬ小さな失望を抱えながら病院に到着する。間違えて隣の喫茶店に入りかけたり、靴の脱ぎ方や保険証の出し方がわからなかったりして笑われたが、これは単に医者に不慣れであるためである。

やがて「ヒグチさんどうぞ〜」と妙にニコニコ呼ばれる。他に客もいないのに大層なことだと思いつつ診察室に入る。医者はこちらの話をハァハァと聞き、「じゃぁ、こちらの機械でちょっと見てみますか。このモニターで見て頂けますし」とおっしゃる。

そんなに面白そうな機械で自分の喉が見られるなんて、夢のような話ではないか。「ええもう。ぜひ。やりましょう。みせてください」と4つ返事で同意する。我ながらすごくノリの良い返事だと思うのだが、医者はちょっと苦笑して首をかしげておられた。ううむ。もう少し病院に慣れる必要があるな。

さらに話を聞くと、鼻から光ファイバーの管を入れるのだという。え。ちょっと待ってください。そういう話だとは思わなかったんですけど。あの。もし。と言う間もなくスルスルグイと鼻から管を入れられる。あうあうあうあうあうぅ。

と苦しみながら、眼はモニターを凝視する。こりゃ面白い。鼻腔の奥をずーっと通って喉を越え、声帯に至る…と、声帯の上にかぶさるようにプクッと赤くて丸いものができているではないか。あいつが犯人か。医者は「あぁ、見えますか。これですね」とか言いながらカチカチと画像を記録している。

忌々しい光ファイバー管を抜き、一息ついたところで、医者は説明してくれる。まぁ多分ポリープか血腫でしょう。そっと様子を見ますか。お休みに入るんならちょうど良かったですね。ちょっと間を置いて、また来てください。来週にしますか。では薬を処方しておきましょう。

…という典型的なお医者トークをおとなしく聞くのに不慣れなので、こちらはトンチンカンなことをたくさん言う。へえぇ、それはどういうものですか。ははぁ、面白い。じゃぁ手や腕にできても理屈は同じということに。やっぱし年末に派手に飲んでカラオケで喚いたのが良くなかったですかな。いや、特に無茶だったとは思えませんが。あ、自分でそう思ってもダメですか。ははぁ。

やがて平和に病院を出る。自分の脱いだ靴とそっくりな靴が置いてあるのでひと騒ぎし、また笑われる。何しろ病院に慣れていないのだから仕方がない。もうわかりましたって。(1)病院に行く時には、近接の喫茶店と間違えないようにする;(2)他人が履きそうにない履物を履いていく。

その後立ち寄った薬屋でも似たような不慣れな会話を執り行い、薬を手に入れる。こんな薬を飲むなんてのも、何年ぶりであろうか。あぁ。薬〜、くすり〜、クスリ〜。(←これは「ザ・ナンバーワンバンド」を知らないとわからないかも知れませんが、まぁ気になさらず。)

では、これから今季最後の講釈師業に行って参ります。やぁれやれ。声、もつかなぁ。

ま、あとは患者の義務として、アルコール消毒をしっかりやれば良いのでありますな。そりゃもう、わかりますとも。だんだん、慣れてきましたからな。実は、早速仕事帰りに実践する予定になっております。仕方ないですよ。喉のためですからな。ではごきげんよう。

自己紹介

自分の写真
日本生まれ、日本育ち…だが、オーストラリアのクイーンズランド大学で修行してMA(言語学・英文法専攻;ハドルストンに師事)。 日本に戻ってから、英会話産業の社員になったり、翻訳・通訳をやったり、大学の英語講師をしたりしつつ、「世の中から降りた楽しい人生」を実践中、のはずです。