2018年8月20日月曜日

プラム先生、(珍しいことを)語る

プラムさん(Geoffrey Pullum)は、一流の言語学者である。話も文章も面白い。若い頃はバンドマンとしてデビューしたとか、スコットランド生まれだけど長年アメリカにいたとか(現在はスコットランド)、目下最大・最良の英文法書である The Cambridge Grammar of the English Language の共著者であるとか、何かと経歴も面白い。

要するに面白い人なのだ。「日本の英語教育について」などというつまらないことについて語ることは滅多にない…んだけど、この度はチョロっと言いたくなったらしい(特に最後の文がこの人の性質の良さを表している)。日本の大学の実名も出てくる。

日本に在住しつつこの手の話に無縁な私は、プラムさんの判断に同意するとともに、「へえぇ、今でもそんなことやってるの!?」と思いましたなぁ。まぁ日本の話だし、勝手に日本語にしても良いだろう。そう判断しました。

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日本で無益な英文法を学ぶことについて
   ジェフリー・プラム

ひどい日本語訛りの英語で研究発表を聞かされて一苦労、そんな経験がおありだろうか。実は先週、日本からやってきた優秀な若手心理学研究者の話を聞いたのだが、これが大変だったのだ。「グラフ(graph)」の発音は IPA [gɹæf] だが、これを言うたびに「グレープ(grape)」としか聞こえない。何とか日本語の音声についての知識を総動員し、この人の発する「ぐれーふ」[gɻeːɸ] という音はきっと graph のことだろうと推測できたが、一緒に聞いていた人の多くはわからなかったようである。

日本では10歳から英語を教える学校も多いが、大人になっても、いや国際的に知られる一流の学者になっても、その英語運用レベルは極めてお粗末なことがある。発音指導が不十分であるとか、本当に英語を話す機会がないとか、理由は様々だろう。また、昔ながらの文法を教えているという側面もある。

先日も、日本で英語を教えているという人から質問を受けた。以下の文における下線部のついた関係詞節についてである。これらは実際に試験に出され、高校の教科書にも掲載されたものだという。

  1. She said she didn’t like the film, which opinion surprised everyone.
  2. The men wore kilts, which clothing I thought very interesting.
  3. The doctor told her to take a few days’ rest, which advice she didn’t follow.
  4. He spoke to me in Spanish, which language I have never studied.
  5. The suspect didn’t drive his car on the day, which fact is important.
  6. She favors equal pay, which idea I’m quite opposed to.

これを見た私は「何だこれは」と思わざるを得なかった(6番の「彼女は差別のない平等な給与システムが良いと言うが、その意見に私は反対だ」という話も引っかかるが、それはさておき)。

いずれも which + 名詞で始まる非制限関係詞節という極めて珍しいもので、会話においては存在せず、近年の英語においてもほぼ消えつつある代物である。

この英語の先生は立場上これを学生に説明せねばならない。ところが英語話者に聞くと、こんな文は見たことも聞いたこともないと口をそろえる。いずれにせよ学生諸君はこれを学ぶ。重要な大学入試に出るのだから。

なぜこんなに奇妙な文を扱わねばならないのかと思い、この先生は出版社に問い合わせた。すると「本当に入試に出てますので」という理由に加え、この種の文は(私も執筆した)The Cambridge Grammar of the English Language(略称 CGEL)にも載っているので正しいですよ、という返事だったというのだ。

確かに CGEL 1043ページには次の用例がある。

I said that it might be more efficient to hold the meeting on Saturday morning, which suggestion they all enthusiastically endorsed.

とはいえ CGEL は大規模な文法書であり、外国語として英語を学ぶ学生の教科書ではない。この用例は、こういう場合 which とそれに続く名詞を引き離すことはできません、と示しているだけである。つまり which suggestion they all endorsed はぎりぎり可能だとしても、which they all endorsed suggestion は完全にアウトという話なのだ。

さらに CGEL はこの種の用例について「極めて稀にしてフォーマル、ほとんど古用法」(1044ページ)と明記している。先ほどの6つの例を載せた教科書はこの点を外しているため、うち3つが文体上ひどくいびつなことになっている。つまり1番と5番には didn’t という短縮形、6番には I’m という短縮形が使われている。こうしたインフォーマルな短縮形は、問題の関係詞節が持つフォーマルで文語的な口調に合わないのだ。

誰であれ、この種の関係詞節など目にすることも耳にすることもなく、立派な英語生活を送ることができるであろう。こんなもののために英語学習者が時間を費やすと聞いただけでショックである。ところが日本では、これほどあり得ない文が入学試験の材料にされている。ある教科書によると、実践女子大学の入試にはこんな問題があったという。

Choose the correct answer to complete the sentence:
   I was told to take a bath, _____ advice I followed.
   1: which   2: whose   3: its   4: what

北星学園大学にはこんな問題があったという。

Correct the underlined word in the following sentence:
   We were told to go not by bus but by subway, that advice we followed.

これを載せている教科書によると、この that which に変えるのが正解だというのである。しかし、元の文なら(コンマで区切られた座りの悪い文ではあるが)英語話者はすぐに理解できる(「バスはやめて地下鉄で行ってはどうかと言われた、その助言に我々は従った」)。ところが that which に変えてしまうと、極めて稀で古式な、普通の英語話者ならダメと判断する構文が出来上がる。その意味では元の文より悪くなるとも言えるだろう。これを正解とする英語のテストとは何なのか。


これほど古臭いことをやっていながらも、大学で教育を受けた日本人なら、最終的にはかなりしっかりした英文法を身につける。それでも改善の余地は、特に発音の面で、大いにあるだろう。そのための時間を無駄にしてはいけない。学習者が極めて稀な関係詞節について学んでも、それを実際に目にすることはないのだし、それは時間の無駄に他ならないのだ。そう思うと居たたまれない気分である。

自己紹介

自分の写真
日本生まれ、日本育ち…だが、オーストラリアのクイーンズランド大学で修行してMA(言語学・英文法専攻;ハドルストンに師事)。 日本に戻ってから、英会話産業の社員になったり、翻訳・通訳をやったり、大学の英語講師をしたりしつつ、「世の中から降りた楽しい人生」を実践中、のはずです。