2019年2月20日水曜日

短波ラジオの音の中に

Prefab Sprout という変な名前の英国ポップ音楽バンドがある。この名前自体に深い意味はなく(「プレハブ・もやし」?)、単に「2音節+1音節」(例えば Grateful Dead みたいな)ってリズムの良い名前だな、と思っただけだそうな。

その実体は Paddy McAloon という男の個人プロジェクトであるが(いわゆる「ワンマンバンド」)、かと言って妙なエゴも感じられず、クセらしいクセもなく、漠然とアメリカ音楽風味があるようで、でもケバケバしいメロディも演出も希薄な英国ポップ…という不思議感。結果として他にはない個性を作り上げている。

一番有名なのは、なんと言ってもこれ:



「いっちょ、やってみっか」と思って作っちゃったら、ヒットしちゃった曲である。去年フランスのカフェに座っていた時もいきなりこれがかかり、本当に椅子から落ちそうになったわいな。

どうしても耳に残るサビの部分、Hot dog, Jumping frog, Albuquerque については、深い意味も何もなく、単に「俳句みたいなリズムで、良い感じでしょ(これでヒットしたし)」とのこと。またかい。

そんなこともできてしまうマカルーンさんなのだが、2003年に不思議な曲を作った。すーっと流れる室内楽曲的な音にナレーションがつく。それが20分ほど続く。それだけ。

ナレーションを聞いているとなんとなく物語が感じられそうな部分もあるが、やはり結局特に意味はない。ただ漠然とした喪失感、ランダムに出てくる過去の記憶、その中を彷徨う自分を見ている自分…これらが展開し、時に繰り返されるフレーズから表出してくる。それだけである。

これは…カズオ・イシグロですよ。



これ、ものすごく良い。私も、これほど気に入る曲を見つけたのは、本当に何年ぶりかでした。興味のある人は、20分ほどの時間を作って聞いてみる値打ちあります(YouTube版の音質も悪くないですし)。

この I trawl the MEGAHERTZ という曲がメインで、これに何曲かつけて同題アルバムにした。当時、マカルーンさんは「これはかなり個人的な音楽だから」ということで個人名、つまり Paddy McAloon 名義で発表した。

それがこの度(2019年2月)、Prefab Sprout 名義で新たに発売されることになった。良いものは消えず、プレハブもやしの資格があるというわけか。

何となくふっと自分を振り返り、過去に思いを馳せる。記憶を探る自分を見る。そこには特に深い意味もない。ただ思いを馳せること自体に大切な遠い哀しさがある…ような気がする。

それは短波ラジオのダイヤルを回しながら耳をすますのにも似ている(というのが、この曲の題名)。不思議な電子音ノイズや、ニュース音声の断片や、知らない言語音や、身の上相談番組の一部や、その他ランダムな音の中に、大切な何かを探しているような、遠い哀しさがある。そんな気がする。

それにしても短波ラジオ!…これに反応する人、年齢がバレますな。

自己紹介

自分の写真
日本生まれ、日本育ち…だが、オーストラリアのクイーンズランド大学で修行してMA(言語学・英文法専攻;ハドルストンに師事)。 日本に戻ってから、英会話産業の社員になったり、翻訳・通訳をやったり、大学の英語講師をしたりしつつ、「世の中から降りた楽しい人生」を実践中、のはずです。