2011年8月4日木曜日

日本ってそんな国なのかい

そりゃノルウェーの大量殺人事件にはビックリしましたよ。被害状況がだんだん明らかになる。被害者数も判明していく。容疑者が逮捕される。うわぁアラブ人イスラム教徒じゃなかった。普通の白人だ。そんな驚きを隠しきれぬまま、その顔写真を載せた記事が数多く出てくる…

ところがある時期を境にメディア、特に大手メディアは、居心地悪そうにフッと口を閉じるのである。もちろん、「ある時期」とは、「そもそもこの男はどうしてこんな事件を起こしちゃったのか」という話が展開し始めるときである。このパターン、乱射事件や猟奇事件がある時は、そして犯人が白人の時は、いつも同じである。

理由は簡単、居心地の悪い、語りたくない話題だからである。「犯人は頭のオカシイやつだ」で切り捨てたい気持ちもある。事実、それで終わらせようとする報道機関もある(日本ならそれが主流といったところか)。しかし、オトナの社会におけるオトナのメディアとしては、「あの犯人もおれたちの一部なんだ」という事実と直面して語らねばならない。事実、これをハッキリと明言するニュース記事もいくつかあった(英語メディアとなると数も多く層も厚いので、いろいろと報じてくれるというのもある)。

悪いものから顔を背けず、まっすぐ取り組む。これは難しいことなのだ。がんばって実行しても、読者の方が「顔を背けたい」と念じていたら嫌われてしまう。特に大手だと「数ある読者の中には嫌がる人もいるし…」と気を使ったつもりになって、敬遠してしまいがちになる。だから全体として急に静かになる。という仕掛けである。

まことに未発達の心理とはスジの通らぬ心理である。「凶悪犯は外国人であってほしい(そのはずだ)」という気分はお子様社会に広く見られる(その「外国人」から見れば自分も「外国人」になってしまうという単純な論理さえ見逃すところがお子様たる所以である)。そうでなければ、今度は「それでも自分とは違うヤツだ、頭のオカシイやつだ」になる。オトナになるまでにはいろいろと大変である。

…ってなことを考えながらも、やはりノルウェーは遠いし、高みの見物気分でいたわけです。だからその犯人がネチネチと長年書きためていたという文書に「日本や韓国は良い。民族の純潔を保っているので良い」云々という内容が繰り返し繰り返しネチネチ書かれていたと知った時には、何やら気持ち悪ぅい、懐に虫でも入ったような気分になった。

げげげカンケー無いと思ってたのに。なんで急に日本なのさ。待てよ。オレも「あの犯人はどっか遠くの頭のオカシイやつ」と思いたがっていたわけか…。

それからしばらくたって、この犯人が「日本人医師による精神鑑定を希望している」というニュースを見た。今度こそ居心地悪いぞ。何しろこっちはたまたま今日本に居るんだからな。っつーか、すいません、今度こそ「どっか遠くのカンケー無い頭のオカシイやつ」と思いたいんですけど、よろしいでしょうか。悪を受け止めるのも結構なんですけど、そこまでヒマじゃないんですぅ…

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